高齢化社会

先日ネットで衝撃的なニュースが配信されました。

『日本の高齢者3640万人!総人口に占める割合29%!高齢者の割合世界第1位!』

日本は高齢化社会であることはなんとなく理解はしていましたが、あらためて具体的な数字を示されると驚いてしまいます。

 

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このままのペースで推移すると2025年には30%、2040年には35.3%に達するようです。

35%という数字!

街を歩くほとんどが65歳以上の高齢者という事になります。

そんな現実がすぐ目の前まで迫っていることにあらためて危機感を抱かざるを得ませんね。

そもそも高齢者の定義が65歳以上というのも変わっていくかもしれません。

今の60~70代の方々を見ていると本当に元気です。

山登りを趣味でしていますが、若い人でも登るのが大変な場所に70歳くらいの方が多くいたりもします。

スナックなんかに飲みに行くと元気にカラオケをしたり大きな声で酔っ払っている70代も大勢います。

そんなお店は店主やママも70代だったりします。

さらに驚くのが介護施設の送迎をされている方々です。

デイサービスや病院の送迎をしている人の多くが65歳以上だったりします。

定年後のアルバイトとしては丁度良い仕事みたいですね?

なかには同い年くらいの老人を元気に送迎している人もいます。

これを「老々介護」なんて言いますね?

ですので、数年後高齢者の定義は70歳以上もしくは75歳以上になってもおかしくありません。

誰もが元気に歳を取れるという意味では日本は良い国なんでしょう。

 

世界に目を向けると、世界全体の平均寿命は73.3歳。

日本の平均寿命は84.3歳です。

もちろん世界第1位の長生き民族です。

ですので今回の数字は当然の結果と言えます。

 

しかし、高齢化が進むと弊害も生まれます。

働く世代が働かない世代を支える日本の社会保障システムはいづれ崩壊するはずです。

これを解決するためには新たに生まれてくる子供を増やすか?高齢者の寿命が何かの要因で急激に縮むしかありません。

平均寿命は今後も上がるはずなので、子供が増える以外の解決策は現実的にはないと言えます。

では子供はどうしたら増えるのか?

頭の良い方々が一生懸命考えて政策を実行しようとしていますが、いまだに根本的な解決につながるものはありません。

もはや今までにないような思い切ったことをやらなければいけない段階にきているような気もします。

例えば18歳まで子供にかかる費用は国が全額負担する!

子供の面倒を見てくれる施設や場所を全て無料で提供する!

子供のいる家庭には思い切った減税措置をする。

18歳以上の子供が買い物した場合には消費税はなし!

などなど・・・

どれも実際に議論は始まっていてもなかなか実現しない政策です。

しかし、議論している時間はもはやありませんね。

すぐにでも始めるべきだと強く思います。

 

それでもすぐに子供が増えるとは無いでしょう。

だって子供を産み育てることは簡単な事じゃないからです。

 

子供を産んで育てるのは大変です。

3人の子供を育てていますが、本当に大変な思いしかしていないような気がします。

自分の時間や稼いだお金は全て子供たちに奪われます。

仕事も日々の行動も子供に制限されます。

そんな思いまでして子供を育てる意味はあるのか?

時々本気で考えてしまうことも少なからずあるものです。

だから子供を持とうとしない人達を見るとある意味賢い選択なんじゃないかな?とも思います。

もちろん子宝に恵まれない人もいますが、一人でまたは夫婦二人で自分の時間を有効に使いながら生活している人は羨ましくもあります。

 

結婚して子供を持つことが当たり前だと信じていました。

ですのでそこに何の疑いもなく今の家庭を築きました。

後悔はしていませんが、他の選択肢もあったはずです。

そこに気が付かなかったことだけは少し残念ですかね?

子供を持った私がそう考えるんですから、これから子供を持とうと思っている人はもっとネガティブに考えるはずです。

よく子供がいない若い夫婦に「子供はいいぞ~いないなんて考えられない!」と真顔でアドバイスする人を見かけますが、余計なお世話じゃね?と思います。

可愛いとか愛おしいとか綺麗事だけで子供を持つ時代ではないです。

今は自分の幸せを最優先に考え生きる時代です。

だから子供を持つことが必ずしも正解とはならないでしょう。

どんなに素晴らしい政策をもってしても少子化はこれからも確実に進むはずです。

 

ではどうしたらいいのか?

高齢者社会をもっとポジティブに受け入れるだけだと私は思います。

年金制度はやはり大切ですが、それよりも65歳以上の高齢者の方々には今以上に健康でいていただき、働ける人は積極的に働いてもらいましょう。

定年退職なんてものは完全に廃止にします。

元気な人にはきちんと仕事をしていただき税金をしっかり納めていただきましょう。

そしてたくさんお金を使ってもらいましょう。

高齢者の所得税は割増しになっても仕事をしたい方は多いはずです。

高齢者を「老害」と捉えずに積極的に社会貢献ができる環境を徐々に作り上げるべきだと思います。

私もあと25~30年後には高齢者になります。

65歳を過ぎたら隠居してダラダラとした楽な生活を送りたいと若い時は思っていましたが、今は違います。

好きな時に好きなだけ働き、好きな時に好きな場所に行き、好きな食べ物をたくさん食べ、大好きな友人たちと毎晩のようにワイワイやりたいと思っています。

そのために必要なことはもちろん健康な精神と肉体です。

当たり前のことですが最近すごく意識しちゃいますね。

 

10年後「高齢化社会=悪しき社会」にならないことを祈ります。

 

親ガチャ

最近ネット上で「親ガチャ」なる言葉を目にしました。

街中でよく見かけるガチャガチャ!

お金を入れてダイアルを回すと商品が出てくるのですが、基本的にどの商品が出てくるかはわからないのが楽しみの一つでもあります。

お目当ての商品が出るまで何度もトライしてしまうギャンブル性もあります。

最近ではソーシャルゲームでアイテムやキャラクターを手に入れる手法をガチャとも言います。

子供が親を選べないことをこのガチャに例えた言葉が「親ガチャ」です。

 

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確かに子供は親を選べません。

親の都合で作られ、本人の意思なくこの世に生を受けます。

生まれてきた子供はその親に育てられるのが一般的です。

しかし、親に経済的な余裕がなかったり、学力が低かったり、精神的に未熟だったり不安定だったり、身体に障がいがあったり・・・

そのような家庭で生まれ育った子と裕福な家庭に生まれ育った子の格差は当然あるものです。

それを運命として受け入れるしかないのでしょうが、そう考えると「運」によると言えます。

自分の人生は自分で切り開くものだ!と主張しても空しく響くばかりです。

「親ガチャ」という言葉が出てくるのも頷けますね。

 

この言葉を見て「私はどうだったのか?」とふと考えてしまいました。

そして気が付きました。

自分は恵まれていたんだと・・・

 

裕福ではありませんでしたが大学まで通わせてもらいました。

習い事も塾も続けさせてもらいました。

酷かったアトピーも治してもらえました。

結婚したばかりで経済的に困っていた時には援助も受けました。

孫も可愛がってもらっています。

実に「運」が良かったんだと思います。

 

しかし、若いころは親や家庭環境を本気で恨みました。

友人の親や、その子の温かい家庭を見ては羨ましく思っていたものです。

なぜ我が家はこんなにも荒んでいるのだろうか?

なぜもっと経済的余裕がないのだろうか?

なぜいつも家の中が汚いのか?

その環境に満足していた時期なんてありません。

 

小学校の時に仲の良かった友人の家は本当に広く綺麗でした。

高級車があり綺麗な犬も飼っていました。

いつもお化粧をして綺麗な服を着ている優しいお母さんがいて、自宅に遊びに行くたびにおいしいおやつを出してくれました。

家具や家電も我が家のものよりも立派でした。

ちなみにその子の父親は銀行員だったと記憶しています。

 

高校、大学の時の友人はもっと凄かったです。

学費が高いことで有名な学校に入ったので、周りはお嬢様や御曹司ばかりでした。

いつも財布の中には皆1万円以上は入っていたと思います。

お小遣いをアルバイト代で賄っていた自分には一緒に遊び歩くのも一苦労でした。

大学生の時の友人はさらに強烈でした。

学校帰りにご飯を食べに行ったのですが、会員制の高級レストランに連れていかれました。

常連のようで支配人や調理長が若造にヘコヘコ頭を下げています。

結局2万円くらいのコースを食べました。

支払いはしていなかったのでおそらく親に後日請求がいっていたんでしょう。

またある時は学校帰りにカーディーラーに連れていかれました。

その友人は何と自分の目の前で車を購入したんです。

600万もする4WD車を即決で!

ここでも店長や担当セールスがヘコヘコ頭を下げていたのでよっぽどのお金持ちだったんでしょう。

ちなみにその友人のお父様は大手家電量販店の社長さんでした。

結局その友人と一緒にいるといつも育ちの違いに驚き、奢ってもらうのもマウントされているようで嫌だったので徐々に疎遠になりました。

今思えばもっと色々ごちそうしてもらえばよかったのかも・・・

 

こんな思春期を過ごしたもんですから自分の境遇を恨むのは当然です。

けっして貧しい家庭ではないことは理解していましたが、上級国民の生活と比較してしまえばそのような発想になるものです。

しかし、大人になり自分で生活基盤を築くと、つくづく恵まれた環境で育ったことが分かり始めます。

けっして裕福ではありませんでしたが、必要なものはきちんと買ってもらえましたし、ご飯もたくさん食べさせてもらえました。

あの時抱いていた不満や劣等感は今は全くありません。

 

しかしながら、世の中には本当に恵まれない子供たちも多くいます。

親に捨てられたり、犯罪者の子供になってしまったり、経済的な理由でやりたいことが制限されたり、虐待を受けたり・・・

そのような子供たちにとっては「親ガチャ」という言葉はすごくリアルなんでしょう。

私の周りにも少なからずそのような子供たちがいるのも事実です。

だからこのような言葉が流行ることに違和感は感じますが、同時に昔からあることなんだよ!と心の中で叫ぶだけです。

ただ、安易に使ってほしくない言葉であることは間違いありません。

 

末っ子が反抗期真っ盛りの時に言われたセリフは今でも鮮明に覚えています。

「てめ~の子供に生まれたことをすごく後悔してるんだ!生んでくれ!なんて頼んでいないのに勝手に生みやがって!このクソ親が!」

実は今から30年前、自分も親に全く同じセリフを言っていました。

さらにこのセリフを吐いた時の末っ子の顔が昔の自分にそっくりでして・・・

愛おしく感じましたし、逆になんだか変な遺伝の仕方をさせてしまい申し訳ない!とさえ思いました。

末っ子にとっても「親ガチャ」の瞬間だったんでしょう。

 

親としてできることはただ一つ!

「親ガチャ」なんて言葉を子供が使わないように一生懸命愛情を持ってきちんと育て上げること!ただそれだけです。

まだまだ子供が全員自立するまで7~10年ほどかかると思います。

だからこれからも親としての責任を一生懸命果たさなければ!と、この言葉を聞いて強く思いました。

最後に直接言えないので書きます。

「おやじ&おふくろ 生んでくれてありがとう!感謝しています」 

 

横浜DeNAベイスターズ

野球が大好きです。

野球というスポーツほど私を熱狂させてくれるものは他にはありません。

 

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私が野球を好きになったきっかけは小学二年生の時です。

東京都の多摩地区に生まれ育った私の地域では「西武ライオンズ」の人気がすごかったです。

当時は西武ライオンズ黄金期なんて言われていて、それはそれは大盛り上がりでした。

この頃の西武ライオンズには名将森監督のもと有名選手がたくさんいました。

清原・秋山・石毛・工藤・渡辺・伊藤・郭泰・辻・東尾・塩崎・鹿取・・・

今でも解説や監督、芸能人として活躍しているスター選手ばかりです。

森監督は就任9年で8度のリーグ優勝、6度の日本一という偉業を成し遂げています。

当時クラスメイトの多くが西武ライオンズのキャップをかぶっていたほど人気でした。

そして、毎年西武ライオンズが優勝すると西武デパートや地元のスーパーも優勝セールを行うので、家族でよく買い物にも行きました。

 

小学二年生の時初めて西武球場に連れて行ってもらいました。

今でも鮮明に覚えていますが南海ホークス戦です。

初めて見る大きな球場、大勢の観客、大きな歓声、そして体の大きなスター選手達!

すぐに野球の虜になりました。

その後は両親に何度もお願いしては野球観戦に連れて行ってもらったものです。

 

しかし、西武ライオンズの黄金期が終わると地元では野球熱が少しづつ下がり始めます。

同級生たちもTV中継が毎晩ある巨人を応援するようになりました。

父もまた生粋の巨人ファンでした。

毎日夜の7時から9時までは野球中継を見ながらビールを飲む典型的な大人でしたね。

見たいアニメも見せてもらえず、一緒に野球中継を観るしかありませんでしたが、それでも毎日楽しく観ていた記憶があります。

誰に教わったわけでもなく野球のルールは自然と覚えたものです。

 

中学生になると東京ドームへ野球を観に行くようになりました。

屋根付きの野球場は当時大変珍しく、その場所に行けるだけでも興奮したものです。

暇を見つけてはドームでの野球観戦に行く日々が始まりました。

しかし、人気のある巨人戦のチケットなど簡単には取れません。

そこで私は当時東京ドームを本拠地においていた「日本ハムファイターズ」の試合を観に行っていました。

事前にチケットを用意しなくても当日券は簡単に買えたんですね。

人気がなかったのか?デイゲームにもなると、あの東京ドームに4千人くらいしか入っていない日もありました。

ほぼ全席自由席状態ですので色々な場所から大好きな野球を見ることが出来たのもよかったです。

そして気がついたら「日本ハムファイターズ」のファンにもなっていました。

当時パ・リーグは本当に人気がなかったのですが、スター選手はたくさんいたんですよ。

あのイチローオリックス時代は何度も球場で観ましたし、すごく個性的な外国人選手もたくさんいたのできちんと観れば面白かったはずです。

しかし、今のようにTV中継がないもんですから人気はあまり出ません。

そこで、当時の「日本ハムファイターズ」が行っていたのがファンサービスです。

球場に入る際、選手がお出迎えをしてくれたり、練習中は気さくに話をしてくれるくらいファンを大切にしている球団でした。

ホームランボールをGETすると係員がすぐに飛んできて、試合後そのボールに選手がサインを直接書いてくれるなんてこともあったくらいです。

選手とファンとの距離が非常に近い球団だったと今でも思います。

その「日本ハムファイターズ」は2004年に北海道へ本拠地を移しました。

非常に残念な気持ちになりましたが、その後の球団人気、北海道での盛り上がりを考えるといい選択だったとも思います。

 

子供が生まれてしまうとなかなか球場に足を運べなくなりました。

1998年~2004年くらいまでは自分の取っては野球空白期間です。

しかし、転機が訪れます。

長男が4歳の時に新聞屋さんから横浜スタジアムのチケットをいただきました。

結婚し横浜に移り住んでから初めての野球観戦です。

この日、生まれて初めて「横浜スタジアム」へ行きました。

広島戦のナイターで、ライトスタンドの中断くらいで観戦したのが最初です。

先発は現監督の三浦大輔

野球空白期間があったこともあり、現役選手の多くが初めて見るような選手ばかりでした。

しかも、当時の「横浜ベイスターズ」ならびに「広島カープ」は本当に人気がない球団です。

球場も閑散としていましたし、5千人も入っていなかった気がします。

それでもライトスタンドにはコアなファンが大勢いました。

4歳の長男には少し難しいかな?と思いましたが、試合が始まると長男の様子が一変します。

普段からとてもおとなしい子で大声を上げたり興奮するタイプではないのですが、ライトスタンドの応援に刺激されたのか?応援バットを力強く叩き、大きな声で声援を送り始めました。

野球を見るというよりも応援を楽しんでいるといった感じです。

試合後すぐに「また行きたい!」と言われたので翌週も連れていきました。

すっかり野球応援にハマった長男を連れて観戦に行く日々が始まったんです。

多い時には年に20回は連れて行ったと思います。

長男は応援団の方や常連の方にも覚えられてそれはそれは可愛がられていました。

そんな生活が始まると今度は私が「横浜ベイスターズ」のファンになってしまいました。

息子が行きたがっていることを口実にすっかり私がハマってしまいましたね。

野球好きは末っ子にも伝染しました。

末っ子は応援よりもプレーに関心があったので、余計に親子で夢中になるものです。

最多記録は年間観戦試合数28です。

横浜スタジアム通いは10年以上続きましたかね?

 

その後ベイスターズは親会社が変わり「横浜DeNAベイスターズ」として新たなスタートを切りました。

そこからの企業努力は本当に凄かったですね。

あんなに人気がなかった球団がたった数年で人気球団になりました。

チケットも全く取れなくなり連日超満員です。

この頃から私は大人同士で観戦に行くようになりました。

ベイスターズ好きの友人も多くできましたし、取引先の方と観に行く機会も増えました。

毎回チケットがなかなか取れないことを理由に社長職になってからはシーズンシートも購入しました。

今では行きたいときにいつでも行ける身分にまでなったわけです。

 

新型コロナウィルスの感染拡大の影響で去年から球場へは足をあまり運べていません。

観客入場者数の制限もあり、シーズンシートも昨年と今年は無効になっています。

残念ながらリニューアルした「横浜スタジアム」に超満員のお客さんが入っている姿もまだ観ていません。

来年こそは超満員のハマスタで観戦したいものです。

 

チケットが取れたので来週久しぶりに観戦に行きます。

じっくり野球を楽しみたいと思います。

 

ここ一番の集中力

昔からここ一番の集中力だけは誰にも負けない自信があります。

スポーツ選手が「ゾーン」に入るような感じで、その1点に集中し続ける能力があるんです。

 

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そのことに気が付いたのは5~6歳ころでしょうか?

小学一年生の夏休みに友達と昆虫採取に行きました。

今では大の虫嫌いですが、純粋無垢だった頃は虫を捕まえては自宅へ持って帰っていたんです。

その日は夕方から虫取りに近くの林に出かけました。

自然豊かな地域でしたのでカブトムシやクワガタがたくさん取れました。

その日は友人と何匹取れるか?の勝負をしました。

300メートル四方の林の中を行ったり来たり・・・

気がついたらあたりはすっかり暗くなっていました。

友人を大きな声で読んでも返事はありません。

20分ほどであたりは真っ暗になりました。

急に不安になった自分はその場で泣き出しました。

するとその鳴き声を聞いたお巡りさんが懐中電灯を照らしながら近寄って来てくれたんです。

どうやら暗くなっても帰ってこないことを心配した両親が通報し近所中大騒ぎになっていました。

すぐに保護され自宅へ戻りましたが、パトカー2台とお巡りさん4名、消防団の方と近所の方々が大勢集まっていました。

そのあと母にはこっぴどく怒られましたね。

となりのトトロのメイを探すシーンを見ると今でもあの時のことを思い出します。

結局すごい集中力で4時間以上昆虫採集をしていたようです。

一緒だった友達は1時間ほどで帰ったようで騒ぎのことなんかまったく知らなかったみたいですね。

 

高校生で体操部に入部した際もその集中力は如何なく発揮されました。

すごく楽しくて夢中で練習していると時間なんてすぐに忘れます。

休憩なしで4時間以上動きっぱなしです。

それでも「ゾーン」に入っているんで疲れないんです。

でも練習を終えると体に異変を感じます。

倒立やバック転をやりすぎて、手の感覚がなくなっているんですね。

手がむくんで握り拳が作れないんです。

帰りの電車ではつり革にもつかまれないほど手がパンパンになっていました。

何かに夢中になると本当に集中しすぎるんです。

 

しかし、若い時の集中力は役に立ちますが、歳をとると次第に足かせになったりもします。

気がついたら時間や周囲の状況に目が向かなくなり、一つの仕事しか取り組めない人間になっていました。

さすがにこの頃から集中力のコントロールが出来るようになります。

今は集中していてもすぐに切り替えができる能力も身につけたつもりです。

それでも仕事が忙しい時には「ゾーン」に入ります。

朝から晩まで仕事に追われる時期には飲まず食わずで仕事ができます。

のども乾かなければお腹も空きません。

12時間休みなく今でも動けます。

しかし、集中力が切れると一気に疲労感に襲われるのは歳のせいでしょうか?

 

そんなここ一番の集中力で昨晩は大失敗をしてしまいました。

先日ワクチン接種後の副反応で欠勤した際にご迷惑をお掛けしたお客様の車を預かったんです。

しかし、お客様は遠方から来るのでお預かりするのはお店が閉まった後です。

そして、翌朝にはお返ししなければいけません。

私に与えられた時間は翌朝までの12時間程度です。

もちろん睡眠時間を考慮しなければいけないので実質4時間程度で仕上げる必要があります。

きちんと作業すると5時間はかかりそうな内容です。

夜の9時に作業を開始しました。

閉店後のピットで一人黙々と作業します。

しばらくすると「ゾーン」に入ります。

手際よく慎重に作業を進めていました。

そして終わって時計を見ると12時でした。

車はお客さんの要望通りに仕上がりました。

相変わらず集中した時の特殊能力に自分でも驚きます。

その後、自宅に帰りました。

リビング以外の電気はほぼ消えていたので家族は皆寝ていたんでしょう。

ダイニングテーブルの上にはなぜか豪華な食事と「冷蔵庫にケーキ」というメモが・・・

そうです!昨日は長男の21歳の誕生日だったんです。

昼過ぎくらいまでは帰ったら簡単なお祝いでもしてあげようと思っていたのですが、仕事に夢中になるあまり忘れていました。

ま~21歳にもなってケーキのロウソクにふ~なんて行事はやらないでしょうが、せめて日付が変わる前に「おめでとう」一言でもかけてあげたかったですかね。

家族からも本人からも責められることはありませんでしたが、少し申し訳ない気持ちになりました。

 

そんなここ一番の集中力は娘に遺伝しています。

娘もまた「ゾーン」に入るとものすごいスピードで作業したり、信じられないくらい体を動かせます。

体育会系なのでその能力が最大限発揮されている感じもします。

課題やレポートを提出する日の前夜などは周りの声など一切聞こえていないほど集中してやっています。

集中力がすごいので「一夜漬け」でもなんとかなっている感じでしょう。

社会に出た時私同様に苦労しそうですが・・・

 

このブログを書いている時も時々「ゾーン」に入ります。

無意識にキーボードを打っている瞬間があったりもします。

すごくいい能力なんでしょうが、書き終わってから「あれ?」ってなる瞬間もあったりします。

あとで読み直して後悔したり・・・

 

この記事も15分ほどで書いてしまいました。

集中力だけでなく文章力、表現力も身に付いて欲しいものです。

 

コロナ禍で育った子供たちが心配

新型コロナウィルスに振り回されること1年半以上!

「新しい生活様式」「感染対策」「ソーシャルディスタンス」「ウィズコロナ」・・・

こんなにも新しい価値観や生活スタイルがものすごいスピードで変化するとは思ってもいませんでしたし、それについていくだけで40を過ぎた昭和の人間にはいっぱいいっぱいです。

過去の様々な経験なんて一つもあてになりませんし、改善するためのアイデアや行動力もありません。

つくづく歳を取ったんだな~と感じる毎日です。

 

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2021年も7月を過ぎた頃からでしょうか?

東京オリンピックの開催と同時期にコロナの第5波がやってきました。

今までで最も多い日々の感染者数。

デルタ株などの新しい変異ウィルス。

皮肉にもワクチンの接種人数と比例するように増える感染者。

緊急事態宣言や蔓延防止など、もはや何の効力もないほど広がりました。

ここ数日は徐々に減少傾向にありますが、増えれば減るのは当然の話なのでまだまだ油断はできません。

このまま収束に向かうことを願いますが、以前の生活スタイルにそのまま戻れるとはとても思えませんね。

おそらく今の自粛生活と新しい生活様式が入り混じった新しい生活スタイルが定着することでしょう。

そこにまたついていけるかどうか・・・

おじさんは心配でなりません。

 

さて、そんなコロナ禍で一番振り回されているのは子供たちではないでしょうか?

特に中学生~大学生の学生たち!

我が家にも大学生2人、高校生が1人いるのでよくわかります。

我々大人達が過去に過ごした青春のスタイルはそこにはありません。

大学生は授業のほとんどがリモート。

高校生も週に一度の登校になったり部活動も制限されています。

一日のほとんど家で過ごしている状態です。

友達と毎日遊び歩いたり、新しい友達と出会うこともなかなか難しい状況です。

一人でいる時間は自然と増えます。

今どきはSNSで繋がれるのでしょうがそれでもフェイスtoフェイスのコミュニケーションは大切だと思うんです。

 

人とのコミュニケーション能力は若いころに培われるものだと信じています。

相手の声のトーン、大きさ、口調

相手の表情や目つき

話す際の姿勢、動き

沈黙時の場の空気

これらを複合的に判断しながら人はコミュニケーションを取っているはずです。

そして、その判断は幼いころからの団体生活の中で培われることが多いと思います。

例えば学校の先生。

朝礼時でのテンションや挨拶時の声のトーンでその日の機嫌が分かります。

機嫌が悪かったりすると、黒板にチョークを当てる時の音がいつもより大きくなっていたりします。

逆に褒められている時なんかは先生の表情は穏やかです。

部活動の先輩なんかも同じです。

体育会系でなくても先輩には気を使うものです。

先輩の目つきや言葉遣い、雰囲気でどう接すればいいのか?を考えなければいけません。

男女関係もそうです。

恋愛経験の乏しい若い時にはそれはそれは気を使います。

相手の気持ちを全力で探ろうとしますし、頭の中でありとあらゆることを考えるものです。

そんな経験を若いうちにたくさんするからこそ、人との関わり方やコミュニケーション能力が自然と身につくんだと思います。

しかし、このコロナ禍でそのような学習機会も失われつつあります。

コミュニケーション能力が自然と身につくようなシチュエーションがあまりにも少なすぎる気もします。

自分の子供たちを見ていてもそのことは強く感じる毎日です。

 

そんな子供たちが数年後社会に出たらきっと苦労すると思うんです。

若い人たちには若い人たちなりのやり方、ツールがあるのは理解しています。

しかし、まだまだ今の日本社会では受け入れられていません。

中小零細企業では相変わらず体育会系のノリや厳しい上下関係が根強いですし、リモートワークや非接触型のビジネスはまだまだごく一部です。

電話で応対したり対面で打ち合わせや商談をしたしり、仕事の大半が人とのコミュニケーションです。

時代は少しづつ変わりつつありますが、今の子供たちが新たな仕事の仕方やコミュニケーションツールを確立するまでには最低でも10年以上かかるはずです。

ものすごいスピードで時代は変化していますが、本質的なところは全く変わっていません。

だから本当に心配になってしまうのは私だけでしょうか?

 

大学3年生の長男はただいま就職活動をしています。

毎日部屋のパソコンで面接したりインターンなどをやっていますが、上手くコミュニケーションが取れているのか?心配でしかありません。

そんな心配をしている時点で時代遅れの老害なのかもしれませんが、この先コロナ禍で育った子供たちがきちんと社会で活躍できる世の中であってほしいと強く願います。

 

金木犀

私の一番好きな季節がやってきました。

金木犀の季節です。

 

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昔から匂いにとても敏感です。

鼻炎持ちですし、花粉症も毎年ひどくよく鼻が詰まるのですが、昔から嗅覚は他の人よりも優れているから不思議です。

街を歩いている時、飲食店から漂う匂いでどんな料理を提供しているのか?かなり離れた場所からでも看板を見ずにわかります。

3軒隣のおうちの晩御飯のメニューもわかります。

極めつけはシャンプーの香りです。

今では女性と近距離で長時間過ごすことなど全くなくなりましたが、学生時代はクラスメイトの女子が使用しているシャンプーの匂いをほぼ当てられました。

別に近くによってクンクン匂いを嗅いでいた変態ではありませんので誤解なきように。

満員電車で通学していた時は苦痛でした。

中年のオッサンの独特な匂い。

化粧の濃い女性の匂い。

学生たちの汗の匂い。

新聞や雑誌の紙の匂い。

整髪料やシャンプーの匂い。

全ての匂いに鼻が勝手に反応するもんですから面倒です。

 

私が匂いに敏感だと気が付いたのは小学生の時の授業参観でした。

当時、授業参観は今と違い特別なイベントでしたね。

たくさんの保護者がおめかしをして綺麗な格好で教室の後ろで子供たちの様子を見に来るのが一般的でした。

普段はノーメイクで近所を歩いている同級生のおばちゃんたちは、ここぞとばかりにキレイにお化粧をして来るんです。

私の母は化粧なんてものは冠婚葬祭以外ではしないので、いつもスッピン&ジャージで見に来ていたので逆に恥ずかしかった記憶しかありません。

そんな授業参観で私の鼻を刺激するのはやはりお化粧の匂いでした。

普段学校ではあまりしない匂いに逆に特別感を抱いたものです。

でもなんだかその匂いが苦手でして・・・

今でもデパートや百貨店の1階にある化粧品売り場の匂いが苦手です。

けっして嫌な匂いではないのですが鼻がマヒしてしまうような感覚に襲われますね。

 

小学生時代、私が一番好きだった遊び場所がありました。

校庭の隅にあった高鉄棒です。

当時高鉄棒が得意で毎日ぶら下がっていました。

逆上がりはもちろん、高いところでクルクル回って砂場に格好よく着地するのは快感そのもので、同級生達からは超人と呼ばれていました。

その高鉄棒のすぐ後ろに植えてあったのが大きな金木犀の木でした。

毎年9月になるとすごくいい香りがしてきまして、すぐにその匂いの虜になりました。

金木犀の香りに包まれながら友達と楽しい時間を過ごしたのはかけがえのない思い出です。

それからというもの町で金木犀の香りがすると自然とその木に近づくように。

完全な匂いフェチですかね?

 

匂いに敏感なことは面倒なことも多いですが役に立つことも多いです。

板前として働いていた時には食材が傷んでいるのか?傷みかけているのか?味見をしなくても匂いだけで分かりました。

新鮮な食材かそうでないかも匂いで大体わかるんです。

だから調理長にそれなりに重宝がられました。

今の仕事でもそこそこ役に立っています。

車関係の仕事をしているのですが、車から漂う匂いでその車の不調やトラブルが分かります。

エンジン不調の場合はオイルの焦げた匂い。

ラジエーターの不調はラジエーター液の甘い匂い。

オートマオイルの漏れている車はあの独特な匂い。

排気ガスの匂いからでもその車の調子が分かったりもします。

これって結構な才能かもしれませんね?

 

ただ、匂いに敏感なのでお客様の車を預かった際に車の中の匂いに過敏に反応します。

家もそうですが、その人のパーソナルスペースには必ず各々の匂いが存在します。

それが気になるものだったり、そうでないものだったり・・・

人によって感じ方は違うと思いますが、鼻がいい私はどうしても気になってしまうんですよね。

常連のお客さんの車だと目を閉じていても所有者が判別できるくらいです。

時々ストレスに感じてしまうこともしばしば・・・

 

新型コロナウィルスに感染すると味覚や嗅覚が一時的になくなる人がいると聞きます。

私の場合すぐに自覚しそうです。

今のところ鼻は絶好調なので大丈夫という事にしておきましょう。

 

35年ローンで購入した自宅の庭には真っ先に金木犀の木を植えました。

もう13年になりますが3メートルほどの大きな木に成長しています。

そして今年も小さなかわいらしい花が咲き、私の大好きな匂いを漂わせてくれています。

リビングの窓を開けて金木犀の香りを感じながらゆったり過ごす休日は至福の時間ですね。

この癒しの時間を大切にしたいと思います。

 

TOKYO MER 面白かった

TBSで放送されていた「日曜劇場『TOKYO MER~走る緊急救命室~』」

コロナ禍で放送される医療ドラマという事で始まる前から興味はありました。

ひょっとしたらコロナが始まる前に企画されていたのかもしれませんが・・・

正直ここ数年で一番見ごたえがあったドラマでしたね。

 

日曜劇場『TOKYO MER~走る緊急救命室~』|TBSテレビ

 

90年代のトレンディードラマを見ながら思春期をおくった私にとってテレビドラマは身近なものです。

中学生の時に「101回目のプロポーズ」「東京ラブストーリー」「愛という名のもとに」「あすなろ白書

高校生では「家なき子」「古畑任三郎」「愛していると言ってくれ」「踊る大捜査線」などなど・・・

流行りのドラマはきちんと観ていました。

しかし、大学生になったころから急激にテレビの前にいる時間が減ります。

バイトや友達との夜遊びのほうが楽しくなったんでしょうね。

2000年代になるとあまりドラマは観なくなりました。

 

しかしここ数年は子供が大きくなり一緒にドラマを観ることが増えました。

最近だと「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」「フリーター、家を買う」「家政婦のミタ」「リーガル・ハイ」「ドクターX」「信長協奏曲」「デスノート」などは子供と一緒に観たものです。

そして今回の「日曜劇場『TOKYO MER~走る緊急救命室~』」も家族で夢中になりながら一緒に観たドラマでした。

個人的にここ数年で一番面白かったドラマだと思います。

 

何が素晴らしかったのか?

やはり役者さんたちの演技力に尽きると思います。

主人公「喜多見 幸太」役の鈴木亮平はもちろん、脇を支える役者さんたち全員の演技力が光るドラマでした。

ドラマ初出演の佐藤栞里も良かった~

しかし、私が注目したのは「音羽 尚」役の賀来賢人と「高輪 千晶」役の仲里依紗です。

この二人はどちらかというと3枚目の役が多い印象があります。

常識にとらわれない自由奔放なイメージがある役者さんです。

特に賀来賢人なんてコメディードラマの常連ではないでしょうか?

その二人がシリアスなドラマであそこまで雰囲気のある役を見事に演じたのは新鮮でした。

役者さんって本当にすごいな~と思うばかりです。

最終回も非常にいいテンポで話が進み、気がついたらあっという間に終わってしまった印象です。

こんなにも高揚感や喪失感を抱いたドラマは「半沢直樹」以来かもしれません。

ドラマの脚本は「岩本 勉」でしたね。

「グランメゾン東京」「謎解きはディナーの後で」などを手掛けた方です。

そりゃ面白いに決まってるでしょう。

演出家の「松木 彩」も「半沢直樹」の演出家として活躍した人です。

TBSの日曜劇場にはずれが無いことも頷けます。

 

さて、最終回の喪失感から数日が経ちました。

あらためてドラマを振り返ると少しだけ「あともう少し・・・」という部分が見えてきました。

けっしてケチをつける訳ではありませんが、なんとなく気になった部分を書いておこうと思います。

 

まず、TBSの日曜劇場のドラマは「勧善懲悪」がテーマなような気がします。

池井戸潤の「半沢直樹」や「下町ロケット」「「ノーサイドゲーム」などの話には分かりやすいくらいに「善と悪」が存在します。

その多くが日曜劇場でドラマ化されてきました。

最後は正義が必ず勝つ!という水戸黄門的パターンが定番のような気もします。

今回のTOKYO MERも勧善懲悪なドラマであったことは誰もが認めるところでしょう。

ここで少しだけ疑問が湧いてきます。

ドラマの途中まで悪者は「天沼 夕源」という幹事長でした。

自分の利権の為、気に入らない都知事を陥れるためにMERを徹底的に潰しにかかります。

その権力に屈することなく、毎回活躍するMERのメンバーは正義そのものでしょう。

しかし、最終回に近づくとテロリスト「椿」が登場します。

無差別殺人を平気で行うテロリストという「絶対悪」の登場で天沼幹事長の悪業が影を潜め始めます。

一体MERの敵は誰なのか?少しだけ方向性がブレ始めます。

しかも、椿が天沼を執拗に責める理由が見当たりません。

過去に何か接点があったようなエピソードは描かれていませんし、テロを起こす目的がぼんやりしているのが少しだけ「?」と思いました。

実は椿にも妹がいて過去に天沼に利用され自殺した!なんてベタなエピソードなんかがあっても良かったような・・・

あくまで標的である喜多見を狙うために天沼をフィルターにしたという解釈だと思いますが少しだけでも接点が欲しかったかも。

あと、現場と指令室との距離感も気になってしまいました。

特に最後のシーン!

喜多見が自宅から現場に到着するまでのスピード感!凄すぎます。

現場が徒歩圏内だったという事にしておきましょう。

あと、明らかに霞が関にいたはずの白金大臣!

病院から都庁のMER指令室まですごいスピードで到着してましたね。

霞が関と病院そして新宿・・・

多分結構距離ありますよね。

ま~ドラマの中ですから、重箱の隅をつつくように細かいことを気にする私は「ケツの穴の小さな人間」なのかもしれません。

性格が本当に悪いですね。

 

そんな今回のドラマはカメラワークがとてもよかったと思います。

カメラと役者との距離、セットの見せ方、役者の表情の見せ方、現場の危機感をリアルに伝える映像・・・

カット割りも含めてすごく計算されていたんだと思います。

 

色々書いちゃいましたが細かいことは抜きにしてあらためて言います!

「素晴らしいドラマでした!ブラボー」

全話録画したので今度の休みの日に観なおそうと思います。