隣の芝生は青く見えるもの

ブログを書き始めたのが昨年の7月。

今回で200件目の日記になりました。

意外と続いていることに自分が一番びっくりしていたりします。

 

書き始めたきっかけは2つ!

「何かを遺書のように書き残しておきたかったこと」

「情緒不安定な自分を日記でコントロールできること」

でしょうか?

 

何かを書き残したいな~とふと思ったのは40を過ぎたせいでしょう。

気が付けば人生の半分が過ぎてしまいました。

家系的に長生きする可能性は低いので、私に残された時間はおそらくあと35年程度でしょう。

長生きしたとしても40年がいいところだと思います。

そんな事を考えたら「自分が死んだらどうなるんでだろう?」ってふと思ったんです。

別に自分のような何の取り柄もない、何の影響力もない人間がいなくなっても誰も困らないでしょう。

家族には死亡保険、遺族年金がしっかりと入りますし生活には困らないはずです。

会社だって誰かが引き継ぐか身売りするか、たためばいいだけです。

そう考えると自分の存在意義なんてどこにもないんだな!とあらためて気づかされました。

それでも自分という人間がこの世に存在していた証みたいなものをせめて残したい!

一人くらいは自分の事を時々思い出して欲しい!

特にカミさんと子供達!オヤジはそれなりに楽しい人生だったんだぞ!と伝えたい!

なんてしみじみ思ってみたわけです。

そこでこのブログを書き始まました。

特にテーマやジャンルなんて関係ありません。

その時に思ったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、落ち込んだことをただただ無心で打ち込んでいるだけです。

また、万が一ボケてしまった時の為に、備忘録として自分もポリシーみたいなものも書き残しています。

別に誰も読んでいないですし、誰からもリアクションをされないので本当に気楽です。

それでも時々アクセスがあったりすると「どこの変わり者が読んでいるんだろう」とか思ってしまいますね。

承認欲求なんてほとんどありません。

昔から褒められたりお世辞を言われたりすると「そういうのいらないんで!」と本気で思ってしまうかわいくない人間なので・・・

ちなみに今年の1月から始めたTwitterも日記、遺書のような感じでつぶやいています。

デジタルタトゥーというやつでしょうか?

そんな日記200回目のテーマは「隣の芝生は青く見える」です。

 

 

最近色々な方にこんなことを言われます。

「本当に毎日充実していて羨ましいですね!」

リア充しすぎですよ!」

「お金にも時間にも余裕があって羨ましい!」

誰かに会うたびにそんなことを言われるんです。

 

確かに!!

週に2度は飲みに行っていますし、ハマスタ野球観戦も今年は週1ペースで行っています。

2年前から始めた草野球も自分のチームと早朝野球と精力的に活動しています。

4年前から始めたソフトバレーも子供と一緒に月に4〜5回楽しんでいます。

大好きなピアノも再び習い始め、夜な夜な夢中で弾いています。

趣味の料理も週に2度は台所に立ち好きなものを作って楽しんでいます。

確かに好きな事を出来ている実感はありますが、自分ではそれほどリア充だとは思っていません。

 

22歳で長男が生まれました。

翌年には長女も生まれました。

夢であった調理人の道を諦め今の会社に入りました。

子供が小さい時は子供中心の生活が当たり前でした。

カミさんは以前、育児ノイローゼになった経験があるのでなるべく家にいるようにしましたし、家の事も子供の面倒も見るようにしました。

会社を19時にあがり、すぐ近くの自宅へ19時10分に戻り、翌朝は9時15分に出勤する毎日。

家にいるのが当たり前の生活でしたし、女房、子供を置いてどこかへ遊びに行くことはおろか、飲みに行くことすら出来ませんでした。

そんな生活を気が付けば20年していたわけです。

大げさに言えば「懲役20年 執行猶予なし」の実刑判決を受けたようなものでしょう。

(カミさんの前では冗談でも言えませぬな)

それでもカミさんやかわいい子供達との生活はそれなりに楽しかったんです。

しかし!

昔から自由人の私はどこかで「あんなことしたい!」「こんなことしたい!」と思っては我慢していました。

仕事もがむしゃらにやりました。

たくさんの辛い経験もしてきました。

20年間はとにかく禁欲生活だったんです。

 

子供が大きくなりカミさんにも余裕が出てきたのが2年ほど前。

しかし!新型コロナウィルスの感染拡大で私の我慢はまだまだ続きました。

そんな時!ふと私の中で何かがブチッと弾けたんです。

それから私は堰を切ったように自分のやりたいことをやり始めました。

そして今に至ります。

刑期を終えてようやく出所したわけです。

 

そんな私を見て「楽しそう!」と思う方がいるのはよくわかります。

しかし、皆さんが20年間少しづつ経験した楽しいことを、私は最近になって一気に経験しているだけなんです。

もちろん毎日が楽しいわけではありません。

立場上会社のこと、従業員の生活のことを第一に考えなければいけません。

お金だって余裕があるわけではありません。

住宅ローン・車のローン・大学生2人の学費、これからまだ5年はかかるであろう末っ子の教育費・・・

だから飲みに行ってもせいぜい3000~4000円。

高いものなんて全く買えません。

それでも人から見ると充実した生活に見えるのでしょうね。

まさに「隣の芝生は青く見える」というやつでしょう。

 

私は昔から誰かを羨ましく思ったり、そこに対して強烈な嫉妬心を抱くことはあまりありません。

だって「所詮自分には手に入らないものだ!」と言い聞かせているからです。

この世で一番無駄なものは「妬み」だと思っています。

自分よりも優れている人、自分にはないものを持っている人を見て嫉妬心から嫌悪感を抱く方がいますが、それって本当に無駄な事でしょう。

人にはそれぞれの生まれ持った素質みたいなものがあるはずです。

芸術に特化している人、運動に特化している人、ものすごく頭のいい人、美人な人、スタイルがいい人・・・

本人の努力でそれらを手に入れている人もいますが、ある程度は生まれた時から備わったスペックみたいなものが大きく影響しているはずです。

それを手に入れよう!少しでも近づきたい!憧れをかなえたい!と努力するのは大切な事です。

しかし、何もせずにただただ羨ましく思ったり、妬んだりするのは非常に格好悪いことですね。

 

私には何の才能も取り柄もありません。

背は低いですし、顔面偏差値も高くありません。

頭も決して良くないですし、大好きな音楽の才能なんて1ミリもありません。

でもこうしてダラダラと文章を書くことだけは昔から好きだったりするので書いているだけです。

書くことで自分への戒めといいますか自己分析をきちんとできるような気がしているだけでしょうね。

おかげでストレス発散にもなっています。

 

そういえば先日私の知人が高級車を買ってました。

見せに来てくれたのですが何とも思わなかったですね。

なぜならその知人には女房も子供も彼女もいませんから。

寂しさを物欲で満たしているような感じにも見えます。

私とは正反対の価値観の人間でしょう。

 

結論!

私は今、最高にいい人生を送れているということにしましょう!

身体だけは大切にしてこのいい人生をもっと充実したものにしますね。

明日もいい日になりますように・・・