25年ぶりの訪問

高校生活の3年間、毎週のように通っていた喫茶店がありました。

 

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通学途中の駅近くにある喫茶店で、毎週土曜日はここでお昼ご飯を食べるのが友人達との暗黙のルールでした。

当時、私が通う高校は土曜日にも午前中だけ授業がありました。

基本的に土曜日は部活動が無かったので、友人たちと決まってこの店を訪れていましたね。

なぜこの店なのか?

実は今だから言えますが、当時はこの喫茶店では煙草を吸わせてくれました。

高校生が堂々と煙草を吸える喫茶店なんて当時でも非常に珍しかったですかね?

あの頃はとにかくヤンチャだったということでしょう。

本来であればサラリーマンや主婦の方々が午後の静かなひと時を楽しむような落ち着いた雰囲気のお店ですが、そんなことはお構いなしに毎週友人7~8名で押しかけワイワイガヤガヤ騒いでいました。

今考えれば「よく出禁にならなかったな~」と思うくらいお行儀が悪かったと思います。

それでも若い高校生に寛容なオーナーはいつもニコニコして私たちを受け入れてくれました。

煙草を吸っても特に注意されませんでしたし、他のお客さんから苦情を言われても「若いんだから~目をつぶってあげなさいよ!」なんてよく言ってくれていました。

 

一度だけ修羅場になったことがあります。

いつものように喫茶店で煙草を吸いながら友達とワイワイ騒ぎながら食事をしていたらなんとそこに学校の先生が登場したのです。

すぐに煙草を隠しましたがテーブルの上の灰皿には大量の吸い殻が・・・

当然先生はものすごい剣幕で怒り始めましたが、オーナーさんが「ま~ま~そうムキになりなさんな!この子達誰にも迷惑かけてないですよ~」なんて一生懸命フォローしてくれました。

もちろんそれなりのペナルティーを受けましたが、なぜか先生がそれ以降その店に来ることはありませんでした。

オーナーさんが何か言ってくれたのか?

大人の見えない力関係が働いたのか?

いまだに定かではありませんが、オーナーさんはいつも私たちの味方でいてくれていたことは事実です。

 

その喫茶店では毎週同じメニューを全員が頼んでいました。

ラッシュアワー

大皿にスパゲッティー・ハンバーグ・ウィンナー・サラダ・目玉焼きが乗っていて別にトーストもついてきます。

ドリンクとセットで1,000円だったと記憶しています。

お金のない高校生には少し贅沢なメニューでしたが、週に一度の贅沢だったと思います。

他のお客さんが同じ「ラッシュアワー」を注文しているのを何度も見ましたが、自分たちよりも量が控えめでした。

オーナーさんは腹をすかせた高校生にはサービスで大盛にしてくれていたんだと思います。

とにかくそのお店で過ごす数時間は青春そのものでした。

そしていつも行く仲間同士で自然と約束事も生まれました。

1・必ず行く時はいつもの仲間で

2・彼女が出来てもこの店には連れてこない

3・食べた後は必ず身の周りをキレイにして帰る

4・オーナーさんには絶対に迷惑をかけない

5・むやみやたらにこのお店の存在を教えない

仲間意識が強かったのか?中途半端に真面目なところがあったのか?わかりませんがこの約束は3年間きちんと?守られました。

 

高校を卒業するとそれぞれの進路がバラバラになりましたのでこの喫茶店に行くことは少なくなりました。

いつもたくさんの仲間で行っていたので、一人で行くことにも抵抗がありました。

大学の入学式の帰り道、友人と4人で来たのが最後だったと思います。

 

そんな思い出の喫茶店を25年ぶりに訪れてみました。

たまたま娘の用事に付き合わされ行った場所がこの喫茶店の近くだったんです。

懐かしい思いでお店の前まで来ました。

外観は何一つ当時と変わっていませんでした。

 

なんだかドキドキしながらお店の扉を開けるとコーヒーのいい香りが鼻を刺激します。

その匂いと同時に当時の記憶が鮮明に蘇りました。

お店の中も、カウンターやテーブル、椅子も当時のままでした。

一番驚いたのはテーブルに当時書いた落書きの傷が残っていたことです。

テーブルの隅に小さく「イエ~イ!」とフォークで傷を入れたのですが、いまだに薄っすらと残っていたのには大変驚きました。

 

あの時のオーナーさんの姿はなかったので、何も言わずに娘と席につきました。

もちろん注文したのは「ラッシュアワー」です。

まだメニューとして存在してくれていたことがうれしかったです。

 

その日店内には数名のお客さんがいました。

そのお客さんのほとんどが煙草を吸っています。

この喫茶店では今でもタバコが堂々と吸えるんです。

煙草の煙と入れたてのコーヒーの匂いは25年前に嗅いだ匂いそのものでした。

 

しばらくすると「ラッシュアワー」がテーブルに運ばれてきました。

昔とは少し違っていましたが娘と二人でおいしくいただきました。

食事の間、娘には学生時代に良く通った喫茶店であることと、ここで悪さをしていたことを話しました。

娘は興味のなさそうな相槌を打ちながらラッシュアワーを堪能していましたね。

 

他のお客さんが退店するのを見計らって店員さんに声をかけました。

「25年前に毎週来ていたクソガキのうちの一人です!オーナーさんは今どうしていますか?」

それを聞いた店員さんは驚いた顔をして「実は私が今オーナーなんです。以前は姉がオーナーをしていたのですが、体調を崩し私が引き継ぎました。」

さらに話を聞くとあの時のオーナーさんは今でも元気にお過ごしのようですが、現場にはもう立たれていないそうです。

そして「あの時の高校生ですよね!私なんとなく覚えていますよ。時々毎週土曜日はたくさんのお客さんが来ているから手伝ってと頼まれていたので当時いましたから!」と言われました。

私の中で記憶には無かったのですが、あの時お店を手伝われていたとは・・・

すぐさま当時の傍若無人な振る舞いを謝罪しました。

25年間、あの時のお詫びとお礼がどうしてもしたかったんです。

現オーナーさんはそんな私を見て大声で笑ってくれました。

その笑い声と全てを受け止めてくれる優しさは前オーナーさんと同じでした。

 

そんな昔話を真横で聞いていた娘はさすがに驚いた様子でした。

オヤジにもこんな時代があったんだな~と思ってくれたのかもしれません。

25年ぶりの訪問は懐かしい気持ちになったと同時に、心温まるいい時間でした。

帰りの車の中で「今日のことはママには内緒にしておいた方がいいの?」と娘に聞かれたので、正直に言いました。
実は仲間との約束を一度だけ破ってママとこっそり来たことがあるんだよと!

そして最後に娘は一言だけこう言いました。

「どうでもいい話だわ!」